たぶん多く の人が、 まだ小さい子ども（ 1 ） と きには、 たと えば庭の隅で蟻の行列をいつまでも見つづけたり 、 雤戸の隙間（ 2 ） さし込む光の帯の中に舞う 小さな埃の複雑な動きから目 を離せなかったり したこと がある（ 3 ） 。 風の強い日 、 庭木の葉影が障子に踊るのを見ていると 、 母親が呼ぶ声も耳に入らなかった。 雪国に（ 4 ） 私は雪の降る日 、 暗い空からきり もなく 振り つづける雪を窓にしがみついて見上げていた。
そのと き子供は独り である。 独り の時間を生きて（ 5 ） 。 何も考えていない。 まだ大人の知識は持っていないから、 蟻の生態観察をしているのではない。 空気中の微小物質の運動について考えているのでもないし、光と 影の関係を考察しているのでもなく 、 降雪の仕組みを（ 6 ） しよう と しているのでもない。 （ 7 ）見ているのだ。 子どもはひたすら目 になって、 あるいは目 と 耳になって、 亓官のすべてをあけっぴろげ （开放）にして、 独り の時間を生きている。
言葉（ 8 ） 考えてはいないのだ。 名づければ不思議と いう 感覚があったり 、 美しいと いう 感情があったり する。 しかし、 それを言葉にしない時間が流れている。
目 を閉じて、 子どものころのそう いう 時間を（ 9 ） 思い出してみると 、 その時間を満たしていたのは限り ない充足感であり 、 喜びであった。 自分の中の生命の流れの音を聞いていた、 と いってもいい。小学生になり 、 中学生になり 、 私たちは（ 10 ） 社会化されてゆく 。 それは知識を蓄え、 また人間社会（ 11 ） 適忚してゆく 過程であり 、 大切なこと ではあるのだが、（ 12 ） 、 独り でいる時間を尐なく してゆく 過程でもある。
いや、 現実に独り でいること はできる。 子ども自身の部屋に入ってしまえばいいこと だ。 私の子ども時代には子ども部屋がなかったけれども、 独り でいる空間は見つけること ができた。 しかし、 もう 本当の独り の時間はまれになる。 宿題に追われるにせよ、 おもしろい小説を読むにせよ、 学校で友だちと 喧嘩をしたのを悔やむにせよ、 なにかしらに心を占領されてしまって、 幼いころのあれらの時間はめったにかえってこない。
なにより 、 言葉が自 分の中に蓄積されていて、 自分をと り 囲む世界をまず言葉でと らえるよう になっている。亓官を開いて世界にひたるより 先に、「不思議」 と か、「美しい」 と いった言葉が浮かんでく る。 その時すでに、世界と 自 分の間は言葉の壁で遮られ、 体の底から湧き出る喜びは失われているか、 薄められている。
私の家は狭かったので、 中学生から高校生のころ、 本を読むためによく 神社の境内へ行った。 そこでゆっくり 本が読めたのだが、 読み疲れてう と う と _{（昏昏沉沉）} し、 目 が（ 13 ） と き、 木々を渡る風が私を取り まき、目 をあけると 頭上に椎の葉が騒ぎ、 日 の光にきらめいていた。 半覚醒のその時間、 子どものと きの無心の喜びがかえっていた。 いま思えば、 貴重な時間だった。

（高田宏「森が消えると き」 より ）

（ 1 ） ～（ 13 ） に入れるのにもっと も適切なものはどれか。

文中の「てゆく （ていく ） 」 と 同じ使い方のものはどれか。

文中の「なる」 と 違う 使い方のものはどれか。

文中の「追われる」 と 同じ意味のものはどれか。

文中の「てこない」 と 同じ使い方のものはどれか

文中の「先」 と 同じ意味のものはどれか。

文中の「神社」 の読み方はどれか。

文中の「貴重」 の読み方はどれか。