[一]
人間の一生は長い。長い一生に、まるで重荷を負って山を登るようである。だから、事業や恋なんかの躓きに心が傷ついて苦しんでいる時、仕事のストレスがたまってそれに潰されそうな時、何かの望みを遂げられずその失望に悩んでいる時、自分の無力さ、気弱さを痛感させられるだろう。にもかかわらず、われわれはそんな時、たいていいろいろと過ぎ去った自分をよく反省したり、みずから心の傷を舐めながら苦しいどん底から抜け出して、再出発の道を探りだす。また時には、自分の弱さに直面して、「もっと強くなりたい」、「弱さに負けない強さを身につけたい」と、きっとこう思うのだろう。
しかし、強さとは、いったいなんだろう。
本当に強いとは、どういうことだろう。
世の中には一見「強そうな人」がたくさんいるが、その強さは果たして本物だろうか。わたしがここでわざわざこんなことを言い出したのは、強さには本物の強さと偽物の強さがあると考えるからだ。
( ア )、頑丈で筋力のある、見るからに逞しく強そうな男性がいたとしよう。彼は絶えず努力して自らの体を鍛え、強い自分を手に入れた。しかし、もし彼がその筋力にものをいわせて、妻や恋人や周囲の人を、自分の思うままに支配していたとしたら、その強さは本物の強さといえるだろうか。いや、その強さは表面的なものに過ぎず、むしろ彼の内面の弱さを偽装する道具でしかない。弱さの象徴とさえいえるだろう。
あるいは、どんな時も愚痴をこぼさず、泣き言を一度も口にせず、弱みをどうしても見せない人がいる。他人の目には、とても強い人と映るし、本人もまた、自分は強い人間だと自負している。ところが、そんな人に限って、ちょっとしたことで心や体の病気になってしまうことがある。
自分の弱さを直視せず、それに蓋をしたまま強い自分を演じ続け、ある時疲れ果ててポッキリ折れてしまうのだ。そのような人は、われわれの周りにはよく見られるのではなかろうか。
ただ強くなればいいというものではない。長い人生にとっては、強さの中身が重要なのだ。
本当に強くなりたい――。もしあなたが心の底からそう思うなら、本当の強さとはどんなものかを、まずはきちんと知っておく必要があるだろう。
文中で「本当に強い」と思われる人は、どのような人か。
文中の( ア )に入れるものはどれか。
文中に「その強さ」とあるが、それはどのようなものか。
文中の「ちょっとしたことで心や体の病気になってしまう」のはなぜか。
この文章の内容に合っているものはどれか。