单选题
問題9 次の(1)~(3)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、 1、2、3、4から一つ選びなさい。
单选题
定年に備えた企業の研修資料に<「自分」―「仕事」=?>とあるのを見て、会社一筋に働いてきた人には厳しい設問だなあ、と思ったことがある。
事実、会社人間だった大阪の友人はこの設問に「ゼロや」と苦笑して、定年後の近況を話す。
「女房が出掛けようとすると、ワシ(注)も行くと言うもんやから、すっかり嫌がられてるよ」
こういう定年亭主を「恐怖のワシも族」と言うのだそうだが、今やさぞかし①「ワシも族」がはびこっていることだろうと思いきや、ニッセイ基礎研究所の「定年前?定年後」という本にこんな調査結果が収められていた。
数字は省くが、仕事に生きがいを持っていた人のほうが、そうでない人より定年後の社会活動にもずっと生きがいを感じているという内容で、要するに、会社人間ほど定年後も意欲的という分析だ。
彼らの社会活動の生きがいは、交友関係の広がりによって生まれているようで、植木職人になったり、NPOやボランティア、地域活動に携わっている元銀行員をはじめ、多種多様なケースがいろいろ紹介されている。
以前、あれは有力銀行の支店長であったか、定年退職した途端、年賀状も激減するなど一変した状況に喪失感を覚え、自ら命を絶ったという話を聞いたことがある。
これなどは極端なケースだとしても、<「会社」のために頑張る価値観は、「社会」のために頑張る価値観と合致するかもしれない>と分析される先の調査結果などは、会社人間の「その後」に②新しい視点をもたらすものだろう。
(近藤勝重「しあわせのトンボ:会社人間の『その後』」2007 年11 月14 日付毎日新聞夕刊による)(注)ワシ:わたし
50. 筆者の友人が、<「自分」―「仕事」=?>という設問に「ゼロや」と答えたそうだが、それはどのような意味か。
单选题
①(「ワシも族」)とは、どのような人たちのことか。
单选题
②(新しい視点をもたらす)とは、どのようなことか。
单选题
技術者にとってレース車を開発するというのは、非常に魅力があるようなのだ。
それはそうだろう。市販車の開発であれば、コストのことや工場のことを考えなければいけないので、自分の考え出した創意工夫を必ずしも反映できるわけではない。いいモデルを出したからといって、営業の力が弱ければ売れるとは限らない(少なくとも、多くの開発技術者はそう思って歯軋り(注1)をしているに違いない)。しかし、レース車であれば、ある程度、採算無視で色んなことにトライできる。何よりも、営業力とか他の要素に邪魔されることなく、①どんな大メーカーを相手にも対等に優劣を争うことができるわけだ。
逆にいうと、言い訳のない世界でもある。敵よりコンマ1秒でも遅れをとれば負けるのだ。そして、それは、はっきりとその場で目に見える。(中略)
目標設定も単純だ。市販車開発なら、時にはアメリカと欧州の両市場で売れる車を作ってくれと営業から要求されたりする。そこでは技術的に妥協せざるを得ないが、レースは絶対的な速さだけを目指せばいいのだ。その代わり、自分の実力が今どうであれ、敵の車が75秒でサーキット(注2)を1周していれば、それより速いタイムで走る車をつくらないと意味がないのだ。②出来る、出来ないを論じる余地は全くない。また、お分かりのように、他チームの車の真似だけをしていれば、決して「最速」にはならないのも真実なのだ。 (田中詔一『ホンダの価値観――原点から守り続けるDNA』による)
(注1)歯軋りをする:ここでは、悔しく思う
(注2) サーキット:レース用のコース
53. どんな大メーカーを相手にも対等に優劣を争うことができるとあるが、なぜか。
单选题
②(出来る、出来ない)とあるが、何が出来る、出来ないのか。
单选题
この文章によると、レース車の開発は、技術者にとってなぜ魅力的なのか。
单选题
わが国の文章の書き手として、想像?想像するという言葉をもっともよく使ったのは、おそらく柳田国男であろう。民衆に伝えられる生活の慣習、用具などに残る手がかりをつうじて、なつかしい古層へとたどる民俗学の、わが国での開拓者として、柳田にはこの言葉がきわめてたいせつなものであった。
柳田は、それと空想?空想するという言葉とを区別しようとした。その文章の執筆の時期や、あつかう対象、また語りかける相手のちがいにつれて、柳田の行なった空想?空想すると、想像?想像するの区別には、いかにもはっきりしている際と、そうでない場合がある。しかし後の場合も、空想?空想することをしだいに正確にしてゆけば、想像?想像するにいたるという、段階的なつながりにおいて――あい接し、境界がぼやけていることはあるにしても、その上辺と下辺では、ちがいがはっきりしている、という仕方で――使われている。
具体的な根拠のない、あるいはあってもあいまいなものにたって行なう古層への心の動きを、空想?空想するとし、よりはっきりした根拠にたつ、しっかりした心の働きを、想像?想像するとして、柳田は使いわけているのである。そこで時には、ややとか、あきらかにとかいう限定辞をかぶせねばならぬのではあるが、空想?空想するには、人間の心の働きとして、マイナス?消極的評価のしるしがついており、想像?想像するは、プラス?積極的評価のしるしがついている。
(大江健三郎『新しい文学のために』による)
(注1)古層:ここでは、古い時代
(注2)あい接し:互いに接し
56. 柳田が使う「空想?空想する」と「想像?想像する」にはどのような関係があると筆者は考えているか。
单选题
柳田が「空想?空想する」という言葉を使うのはどのようなときだと筆者は考えているか。
单选题
柳田が「想像?想像する」という言葉を使うのはどのようなときだと筆者は考えているか。