松の樹に囲まれた家の中に住んでいても松の樹の根が地中でどうなっているかはあ まり考えてみたことがなかった。美しい赤褐色の幹や、わりに色の浅い清らかな緑の 葉が、永いなじみである松の樹の全体であるような(1)。雨が降ると幹の色は しっとりと落ちついた潤いのある鮮やかさを(2)。緑の葉は涙に濡れたような 可愛らしい色艶を(3)。雨のあとで太陽が輝き出すと、早朝のような爽やかな 気分が、樹の色や光の内に漂うて、いかにも朗らかな生の喜びがそこに躍っているよ うに感じられる。時々かわいい小鳥の群れが(4)声で囀り交わして、緑の葉の 間を楽しそうに往き来する。――それ(5)私の親しい松の樹であった。
ところが、ある時、私は松の樹の生い育った小高い砂山を崩している所(6) 足を止めて、砂のなかに深く入り込んだ複雑な根を見まもることができた。地上と地 下の姿が何とひどく相違している(7)であろう。一本の幹と、簡素に並んだ枝 と、楽しそうに葉先をそろえた針葉と、――それに比べて地下の根は、戦い、もがき、 苦しみ、精いっぱいの努力を(8)ように、枝から枝と分かれて、乱れた女の髪 のごとく、地上の枝幹の総量よりも多いと思われる太い根細い根の無数をもって、一 斉に大地に抱きついている。
私はこのような根が地下にあることを知ってはいた。しかしそれを目の前にまざま ざと見たときには、思わず驚異の情に打たれぬわけにはいかなかった。私は永いなじ みの間に、このような地下の苦しみが不断に彼らにあることを、一度も自分の心臓で 感じたことがなかったのである。彼の苦しみの声を聞いたのは、時折に吹く烈風の際 であった。彼の苦しそうな顔を見たのは、湿りのない炎熱の日が一月以上も続いた後 であった。しかしその叫び声やしおれた顔も、その機会さえ過ぎれば、すぐに元の快 活に帰って苦しみの痕を(9)あとへ残さない。しかも彼らは、我々の眼に秘め られた地下の営みを、一日も怠ったことがないのであった。あの美しい幹も葉も、五 月の風に吹かれて飛ぶ緑の花粉も、実はこのような苦労の上に(10)可能なので あった。
この時以来私は松の樹だけではなく、(11)植物に心から親しみを感ずるよう になった。彼らは我々(12)生きているのである。それは誰でも知っていること だが、私には新 しい事実としか思えなかった。
(1)~(12)に入れるのにもっとも適切なものはどれか。