阅读理解

[二]

  音楽とは何か、と言われたら、音による会話だと答えることにしている。音を通してある人の感情や思想が聞く人に伝えられる。それが音楽である。

  こういう定義はいかにも当たり前のようだが、音楽はいつでもそういうものであるとは限らない。早い話が、私どもは、嬉しいにつけ悲しいにつけ、独りで歌を歌うことがある。誰に聞かせるわけでもない。感情は独りで流れてゆく。会話の相手はそこにはいない。

  そういう歌も自分自身に対する語りかけで、やはり一種の会話だというなら、寺院や教会でうたわれる歌はどうだろうか。もちろんそれも神への呼びかけにちがいないが、会話という言葉は必ずしも適当ではない。進軍ラッパや狩りの太鼓なども、一方的に意味を伝えるのだから本当の会話ではない。

  今あげたような音楽も、音楽であることにまちがいはない。私の定義は、だから、定義でも何でもなくて、私自身が音楽に対してもっている願望であり、イメージなのである。

  会話という限り、それは一方通行で与えられる刺激や快楽とはちがう。演奏会で音楽をやっているのは演奏家で、私どもはそれを黙ってきいているだけだが、それは決して音を受身でうけとっているということではない。ぼんやりと音をきいていれば、音楽はただの音のつながりにすぎない。それを音楽としてきくためには、実はきく側にいろいろな心の働きが必要なのである。

  私がいまでも覚えているのは、小説家の高見順が死ぬ少し前にかいた日記の一節である。体が衰弱して本を読む気力がなくなり、音楽ならばとおもってきいてみたが、やはり駄目だったと彼はかいている。音はもちろんきこえるが、音楽としてはきこえない。それは聴覚の衰弱ではなくて、聴覚がうけとったものを自分の内部で意味のある言葉として再構成する精神の能力の衰弱である

  音楽に限らず、芸術を鑑賞するというのは、他人の世界にふれようとすることである。音や色や言葉によって他人を理解するといってもいい。人は果たして他人を本当に理解できるかということは別にして、それを理解しようとする努力のなかに、芸術そのものの意味があると考えてもそう間違いはないと思っている。

单选题

文中の「そういう歌」とはどのような歌か。

【正确答案】 D
【答案解析】
单选题

筆者が「ぼんやりと…つながりにすぎない」と言っているのはなぜか。

【正确答案】 C
【答案解析】
单选题

文中の「聴覚がうけとったもの…精神的能力」はどのような能力か。

【正确答案】 A
【答案解析】
单选题

筆者は音楽をどのようなものであると考えているか。

【正确答案】 C
【答案解析】
单选题

筆者が文章でもっとも言いたいことは何か。

【正确答案】 B
【答案解析】