青年と老年
小林秀雄
「つまらん」と言うのが、亡くなった正宗さんの口癖であった。 「つまらん、つまらん、つまらん」と言いながら、何故、ああ小ま めに、飽きもせず、物を読んだり、物を見に出向いたりするのだろ うといぶかる人があった。(①)、「つまらん」と言うのは「面白 いものはないか」と問う事であろう。
正宗さんという人は、死ぬまでそう問いつづけた人なので、老いて いよい よ「面白いもの」に関してぜいたくになった人なのであ る。私など、過去を顧みると、面白い事に関し、ぜいたくを言う必 要のなかった若年期は、夢の間に過ぎ、面白いものを、苦労して捜 し回らねばならなくなって、初めて人生が始まったように思うのだ が、さて年齢を重ねてみると、やはり次第に物事に好奇心を失い、 言わば貧すれば鈍すると言った惰性的な道をいつの間にか行くよう だ。(②)、いつの間にか鈍する道をうかうかと歩きながら、当人 は次第に円熟して行くとも思い込む、そんな事にも成りかねない。 どこかのある名高い上人が參内する姿を見て、ある人が「あな、た ふとのけしきや」と感嘆したところが、それを見ていた曰野資朝が 「年のよりたるに候」と言った、という話が徒然草にある。資朝は 別段③意地の悪い見方をしたのではあるまい。老年は老年で、さっ ぱりと健全に過ごすという事は、容易な事ではないらしい。徒然草 のことを言ったからついでに言うと、兼好は、こういう事を言って いる。死は向こうからこちらへやってくるものと皆思っているが、 そうではない。実は背後からやって来る。沖の干潟にいつ潮が満ち るかと皆ながめているが、実は湖は磯の方から満ちるものだ。この 鋭い観察を現代風に翻訳すると、こういう事になるだろう。自然 は、生物の成長の準備をするが、ある時期が来れば死の準備をする であろう。この着々と持続的に営まれる準備は、自然の準備たる点 で④同質のである、と。生物学の知識をしこたま抱えてみたところ で、兼好の気づいていたところに気が付くとは限る まい。死は向 こうから私をにらんで歩いて来るのではない。私のうちに怠りなく 準備されているものだ。⑤私が進んでこの準備に協力しなければ、 私の足は大地から離れるより他はあるまい。⑥死は、私の生に反し た他人ではない。やはり私の生の知恵であろう。兼好が考えていた ところも、恐らくそういう気味合いの事だ。でなければ、あれほど 世の無常を説きながら、現世を生きる味わいがよく出た文章が書け たはずもない。
(①) に入るのはどれか、 最も適当なものを次から一つ選びなさい。
此空前面是在说已过世的正宗是个很奇怪的人,整天把“无聊,没劲”挂在嘴上,但是却还能每天勤恳地读书视物。 而此空之 后,说的是其实嘴上说着无聊其实是在问有没有什么有意思的事吧。 选项中的A和D项表示转折,很明显,这里不是转折关系。而B项表示 原因,这里的前后关系也不是,明显的因果关系。所以选C项,此处是承接的关系。
(②) に入るのはどれか、 最も適当なものを次から一つ選びなさい。
此空前面是讲的是随着年龄的增长,人渐渐地对事物失去了好奇心,走上了“贫则愚钝”的这条道上。后面说的是不知不觉地在这条路上走着,也有人认为这是成熟的表现。根据前后句意和“円熟し て行くとも思い込む”这句话可知,前后是递进关系,所以只有D符合题意。
下線③は、 どのような見方か、 次から選びなさい。
这句话翻译成现代日语是“年取っているだけございますよ”,意为“只是年纪大了而已”,所以选A项。
下線④は、 何と何が同質であるのか、 本文中から抜きなさい。
“生物の成長の準備”和“ある時期がきれば死の準備”
下線⑤はどういうことか、簡潔に説明しなさい。
生物の成長の準備と死の準備に誰でも恵まれている。誰で も逃がさないものだ。だから、仕方がなく世の無常の状態で現世を 生きるべきだ。
下線⑥の意味を簡単に説明しなさい。
死は向こうから私をにらんで歩いて来るのではない。私の うちに怠りなく準備されているものだ。