试题题型
阅读理解次の文章の[一][二][三][四]を読んで、21~40 の問いに答えなさい。答えは選 択肢A、B、C、Dからもっとも適切なめを1つ選びなさい。[二]魚類には流れに逆らって泳ぐ習性があるようであるが、ことにコイの激しい水の勢 いに向かって進む習性は著しい。古来、コイの滝のぼりとして賛美されるのは、それ 自体の勇ましさのほかに、人間の側にも同じような心理的傾向がどこか内在している ために、一種の心理的共鳴を起こして、特に感銘するのかもしれない。人間に限ららず、そしてコイに限らず、なるべく抵抗の少ないところを選んで生き ていこうとするの生物として自然の本能と考えられるのに、明らかにそれと矛盾する ようなこういう習性が見られるの面白い。生きるという以上、完全に環境に順応しき ってしまうことはあり得ず、必ずある程度は、それに逆らい、摩擦のあることを前提 とするはずだとも考えられるのである。行動、活動、生きること自体が、作用と反作 用を離れてはあり得ない。生きるものが独立した存在であろうとする限り、必ずある 程度は環境と対立の関係にあると見るべきで、もし、まったく環境に抵抗しなくなっ たら、それはすでに生きることの停止を意味する。人間も絶えず環境との間に生ずる緊張を意識している。しばしばそれがもっとも具 体的な生の意識になる。物理的な生きがいは、ほかのものに逆らった時に生ずる摩擦 によって保証されるといってよい。なるべく余分なエネルギーは消費しないようにし ようとする本能がある一方で、無為をきらい、積極的な活動をすることに喜びを覚え る別の本能があって、両者が対抗している。しかし、われわれの生活のすべての面に おいて、努力ということが尊重されるのは、すなわち環境順応の無為よりも、四囲の 自然に逆らっていくことの中に、真の人間らしさがあることを公認しているものにほ かならない。このことは、行動の次元にとどまらないで、当然、心理的な問題にも及ぶであろう。 何もしないでじっとしていることが身体的にもっとも楽であるように、外界の事象、 表現をそのまま無抵抗に受け入れ、これに反発したり、批判を加えたりしなければ、 精神はもっとも自然な状態で平安を維持できるはずである。もし、われわれが、こう いうことのみを好むようであれば、人間はみな環境の奴隸になってしまうであろう。 自然の支配はおろか、人間としての自主性さえ弱める。(ア)、幸いなことで、 そういう無抵抗の受容が十分に満足できないようにできている。むしろ与えられたも のに逆らうときの抗性に快感を覚える習性があるのである。
阅读理解次の文章の[一][二][三][四]を読んで、21~40 の問いに答えなさい。答えは選 択肢A、B、C、Dからもっとも適切なめを1つ選びなさい。[三]何の違いもない二つの教室。同じように前を向いて並んだ子供たちが思い思いに自 習している。部屋の大きさや形、席の数や配列、どこをとっても何ら変わりはない。 ただ一つの違いは、第一の教室では監督が前から睨みをきかせているのに、第二の教 室では後ろにいる、いや、いるらしいとしか分からないという点にある。たったこれ だけの違いが生徒たちの行動様式に根本的差異を生じさせると言えば、大げさに響くだろうか。遊びたい盛りの子供たちにとって、第一の教室は厳しい環境のように見える。気ま まに席を立って遊ぼうにも、ちょっと顔を上げれば監督と視線を合わせることになる のだから。しかし、そんな環境でも、慣れてくればそれなりの抜け道を見つけること ができる。机の上に立てた本の陰でイタズラ書きをしたり、隣の子とおしゃべりした り、監督がちょっと目を離した隙にかなり派手なイタズラをすることだってできる。監督の目が届きにくい教室の周縁部ともなると、要領のいい悪童達がけっこうよろ しくやっているようだ。休み時間になって監督が席を外すと、そんな連中の内、とり わけいたずらな子が監督席に座って面白おかしく監督のまねをしてみせるだろう。そ れを見て笑い転げる子供たちの顔に生き生きした遊戯の歓びを見てとるには、ほんの 一瞥で十分である。第二の教室ではどうだろうか。一見したところ、ここは第一の教室よりも随分自由 な感じがする。事実、少々サボって手遊びをしたりしていても、後ろから叱声がとん でくる気配はない。どうやら、ちょっとした遊戯は黙認されているらしいのだ。だん だんいい気になり、派手なイタズラを考えるうち、しかし、子供たちはなんとなく背 後が気になり始める。もしかしたら、僕は後ろから目をつけられているんじゃないだろうか。それを確か めようにも、振り向くことだけは決してできないようになっているのだ。したがって、監督が一体今そこにいるかさえはっきり分からないのだが、その不在 の視線はやがて確実に子供たちのうちに内面化されていき、一人一人が自分自身の監 督の役割を引き受けることになるだろう。徹底した相対評価システムがそれに輪をか けるよう作用して、教室を絶えざる自主的相互競争の場に変えていく。事態をいっそう救いのないものにするのは、この場が空間的にも時間的にも均質に 広がっているというこうだ。実際、第一の教室と違って、この教室には周縁部がない。 監督線の位置が確定されないということは、それがあらゆる位置に偏在しているのと 同じことである。また、決まった休み時間があるわけでもない。ふだんから、放任し て自由にやらせているのだから、取り立てて休み時間など作る必要はないというわけ だ。ここでは、子供たちは、遊戯の自由を与えられているにもかかわらず、いや、ま さにそうであるがゆえに、その自由を思うままに行使できないという仕組みになっているのである。
阅读理解次の文章の[一][二][三][四]を読んで、21~40 の問いに答えなさい。答えは選 択肢A、B、C、Dからもっとも適切なめを1っ選びなさい。[四]はい、はい、日本人についてよく言われること――日本人の「はい」を真に受けて はいけない。彼らは正面からのぶつかり合いは何としてでも避けるし、沈黙にかけて はベテランだ。だが日本人は、「はい」と答えることはある。その場合の同意にはさ まざまな色調と影がさしているわけだが。彼らが「はい」と元気よく答えるのは、服 従――ドイツ語で言うなら「ジャヴォール、ヘール、キャピタン、了解しました、大 尉殿」――を表しているだけではなく、対話者に対する敬意、あるいは愛想を意識し てのことである。というのもあらゆる欠如にもかかわらず、日本文化は肯定的でもあ り得るのだから。肯定的ではあっても形而上学的ではない。日本の「はい」は存在論的ではない。存 在としての意思、偉大なる叫び「我ここに存在する!」日本人の「はい」は関係性に 基づいており、「そうです」に近い場合が多い。これは人間がかかわっている出来事 や存在に対する反応である。したがって中立的な容認や雰囲気作りの言葉へと微妙に ずれ込むことがある。ではどう区別するか。これははいか、いいえか、もしかしたら、か。日本人にはこん な表現がある。「馬鹿は言わなきゃ分からない」つまりこういうことだ。文脈こそす ベて、それに調子が合うか合わないかは関係ない。だから外国人は日本の「はい」で 苦労するのだ。返事の出しようなどのことで、すでに苦労しているのだからだが実のところ文脈がすべてというわけではない。体の言葉、目を見よ。偉大な剣士 たちがそうしたように。日本人は反対の意見を持っ場合には肩のあたりに緊張が走った り、瞳を細めたりする。顔の表情、ニヤリとした笑いが仮面の下から見えてくる。日本文化は肯定的だと言った。それはまた慣性によって支配されてもいる。という のも日本文化の保守性はいまだに根深く、墓の中の祖先たちや過去によって支配され ているからだ。つまり日本はつねこ「いいえ」とも言い続けている。敵対する相手と 対峙して思いきり、まるで吠えるように。時間にもノー、変化にもノー。それでいて 世俗的な事柄の変わりやすさは受け入れている。これはまた矛盾だ。その意味で「はい」と言える日本は『ノーと言える日本』よりも価値がある。あの 深遠なる「はい」の方が、どんなに開放的で可能性に満ちていることか。
阅读理解次の文章の[一][二][三][四]を読んで、21~40 の問いに答えなさい。答えは選 択肢A、B、C、Dからもっとも適切なめを1っ選びなさい。[二]ぼくの家は数メートルの崖の上にある。崖は石垣になっていて、ゆるやかな反比例のカーブを描いている。ちょっとしたお城の石垣みたいで、たまに下から見上げると なかなか気分がよろしい。ところが気分がよいのはそこまでである。石垣の下は道路であるが、駅のある繁華街方面へは上の道を通って行くため、我が 家の人間がこの道路を利用することはめったにない。にもかかわらず、石垣の下の、 道路沿いの溝は、我が家の人間が掃除しなければならない。石垣の上の我が家の庭か ら石垣の下へものを落とすことはまずないのだが、そう決められているからしかたが ない。月に二度、妻が不平を言いながら掃除におりて行く。この溝が、いつもはなは だ汚いのである。タバコの吸殼、菓子袋、ミカンの皮はいうに及ばず、その他いろん なものが捨ててある。日本人の公衆道徳のなさを見る思いである。たいていは通りが かりに捨てるのだろうが、中にはわざわざ捨てにきたとしか思えないようなものが捨 ててあることもある。たとえば、テレビが捨てられたこともある。そんなもの、拾ってきてもどうしよう もないので、粗大ゴミ回収の日がきたら持って行こうと思いながら抛っておいたら、 四、五日してなくなっていた。妻の話によれば、「これ何や」といって五、六人が崖 下で騷いでいたそうだから、親切にもその連中が持っていってくれたのであろう。こ ちらは助かった。それにしても他人の迷惑を考えぬ道徳心のないやつが多い。いや、 もちろん、他人の迷惑を考える能力ぐらいはあるのだろうが、こういうやつはむしろ 他人の迷惑を面白がる人間なのであろう。あなた、これ捨ててきてよといって、毎朝出勤するサラリーマンの亭主にゴミの袋 をことづける女房族がいるそうだ。亭主の方は捨て場に困り、電車の網棚の上へわざ と置き忘れてくる。車掌が忘れ物と思って中をあけるとゴミだった。こういうのが最 近多いそうだが、あきれたものである。こういうのは人に隠れてするから、する本人 はしていることが公衆道徳に反することだと知ってやっているらしいことがわかる。道徳や礼儀を身につけているかいないかは、ふつう誰もがそう思っているように、 家庭とか学校の躾によるものではない、と、ぼくは思うのだ。多少表面的な効果はあ っても、それはあくまで建前的に道徳、礼儀を自慢する際の役にしか立たず、家庭で きびしい躾を受けた男が大学へ入るなりたちまち反動的に周囲の蛮カラ(粗野的)風に染 まって汚いことを平気でやりはじめることはしばしば見かけることだ。教養だって役 に立っていないと思う。道德や礼儀は学問とは別物に思えてしかたがない。
阅读理解[四] 入院し てニ、 三日は、 ま るでお祭り 騒ぎであっ た。 夜になると 十円玉をたく さ ん持っ て廊下の公衆電話から 今日一日の報告をするのである。毎日の食事の心配をし ないで暮ら すのがいかに極楽であるか。 献立がいかに老人の好みと 栄養を考えてつく ら れているか。 看護婦さ んがいかに行き 届いてやさ し いか。 テレ ビのレ ポーターにも 負けぬ生き 生き と し た報告であった。 無理をし て自分を励ま し ていると こ ろがあっ た。三日目あたり から 、 報告は急激に威勢が悪く 、 時間も 短く なっ てき た。 四日追い込みにかかっ ていた仕事に区切り をつけ、 私が一週間目に見舞っ たとき 、 母はひと ま わり も 小さ く なっ た顔で、 ベッ ドに座っ ていた。 こ の日は、遠く に住んでいる妹も ま じ えて、 姉弟四人の顔がそろっ たのだが、 つら いのは帰り 際であっ た。 私が弟の腕時計に目を走ら せ、 「ではそろそろ」 と 言おう かなと ためら っ ていると 、 一瞬早く 母が先手を打つ(抢先) のである。「さ あ、 お母さ んも 横になら なく ちや。 」目から はその電話も なく なっ た。晴れやかな声で言う と 思いき り よ く 立ち上がり 、 見舞いにも ら っ た花や果物の分配を始める。 押し 問答の末、 結局、 私たちは持っ てき た見舞いの包みより 大き い包みを持たさ れて追っ 払われるのであっ た。「見舞いの来ない患者も いるのに、 こ う やっ てぞろぞろ来ら れたんじ やお母さ んき ま り が悪いから 当分は来ないでおく れ。 」 と 演説し ながら 、 一番小さな母が四人の先頭に立っ て廊下を歩いてゆく 。 「( ア ) 」 く どいほど念を押し 、 エレ ベーターに私たちを押し 込むと 、 ドアの閉ま り 際に、 「あり がとう ございま し た。 」今ま でのぞんざいな口調と は別人のよ う に改ま っ て、 深々 と し たお辞儀をするのである。 寝巻の上に妹の手編みの肩掛けをかけて、 白く なっ た頭を下げる母の姿は、 更にも う ひと ま わり 小さ く 見えた。 私は、 「開」 のボタンを押し ても う 一度声をかけたいと いう 衝動を辛う じ て抑えた。四人の姉弟は黙っ て七階から 一階ま で降り ていっ た。 弟がこ も っ た声で、 ポツンと 言っ た。 「たま んねえ。 」 末の妹が、 「いつも こ う なのよ 。 」 と いう 。 妹は毎日世話に通い、 弟は三日に一度ずつのぞいているが、 母は必ずエレ ベーターま で送っ てき て、 こ う やっ て頭を下げる。 し かも 弟に言わせると 、 「人数によ っ て角度が違う 。 」 と いう のである。 「今日は全員そろっ てたから 一番丁寧だっ たよ 。 」 お母さ んら し いやと 私たちは大笑いし ながら 、涙ぐんでいる(含泪) お互いの顔を見ないよ う にし て駐車場へ歩いていった。
阅读理解[三] 生老病死をなぜかみな嫌がり ま す。 でき れば考えたく ない。 そこ でどう するかと いう と 、 例えば人間が生ま れるのも 特別なこ と だから 、 病院へ行っ てく れと いう のです。 そう し て、 お産は現在ほと んど病院で行われています。生老病死の最後の死ぬと こ ろですが、 こ れも 都会ではも う 90%、 いや 99%の人が病院で亡く なり ま す。 私の母は自宅で死にま し たが、 大半の人々 は病院で死にま す。 こ のよ う に死ぬ場所が病院に移っ たのはこ こ 25 年の傾向で、 急速にそう なり ま し た。生老病死の最後の死ぬと こ ろですが、 こ れも 都会ではも う 90%、 いや 99%の人が病院で亡く なり ま す。 私の母は自宅で死にま し たが、 大半の人々 は病院で死にま す。 こ のよ う に死ぬ場所が病院に移っ たのはこ こ 25 年の傾向で、 急速にそう なり ま し た。では、 自宅で亡く なるこ と と 、 病院で亡く なるこ と の違いは何か。 こ れは、我々 が普通に暮ら し ている日常の中に、 死がなく なっ てし ま っ たと いう こ となのです。 だから 、 死が特別なこ と になり ま し た。 そし て特別なこ と は特別な場所で起こ るこ と になっ たのです。そんな現代は、 よ く よ く 考えてみると 、 大変な異常事態なのです。 生老病死と いう のは、 人の本来の姿です。 こ っ ちが先で、 何千年何万年も 続いてき た間違いのないこ と なのです。 都市よ り も 文明よ り も 何よ り も 先に生老病死があり ま し た。 だから 私はこ れを「自然」 と 呼ぶのです。 人の一生は好き も 嫌いも なく 時期経過と と も に変化し ていき ま す。 それが自然の姿なのだと 私は思いま す。 なのに今は自然つま り 本来の姿であるほう が異常になっ てし ま いま し た。こ の上なく 大切な未来を大切にし ていない典型的な例をあげてみま す。 私は95 年 3 月 に大学をやめま し た。 正式には 94 年 9 月 の教授会でやめるこ と が決ま り ま し た。 教授会のあと 同僚の病院の先生が来ら れて、 「先生、 4 月 から どう なさ いま すか」 と 話さ れるのです。 「3 月 でおやめになるそう ですね」 「やめま す」 「4 月 から どう さ れるのですか」 。 こ れは、 勤めはどう するのですかと いう 質問です。 私は「私は学生の時から 大学の医学部し か行ったこ と がないので、 やめたら 自分がどんな気分になるかわかり ま せん」 と 申し 上げま し た。 「やめてから 先のこ と はやめてから 考えま す」 と 。 すると いき なり 「そんなこ と で、 よ く 不安になり ま せんな」 と 言う のです。 思わず「先生も 何かの病気でいっ かお亡く なり になるはずですが、 いつ何の病気でお亡く なり になるか教えてく ださ い J と 言い返し てし ま いま し た。 「そんなこ と 、 わかるわけないでし よ う 」 と 言う から 、 「それでよ く 不安になり ま せんな」 と 申し 上げま し た。こ こ ではっ き り わかるこ と があり ま す。 特に大学のお医者さ んです。 大学病院では患者さ んがよ く 亡く なるので、 人が死ぬと いう こ と が、 自分の仕事の中にちゃ んと 入っ ていま す。 と こ ろがそう いう お医者さ んが、 自分が死ぬという こ と に現実感を持っ ていない。 自分が病気になっ て死ぬこ と よ り は、 勤めをやめたり やめなかっ たり する、 そのこ と のほう がよ ほど重要なこ と だと思っ ているのです。
阅读理解次の文章の[一][二][三][四]を読んで、21~40 の問いに答えなさい。答えは選 択肢A、B、C、Dからもっとも適切なめを1っ選びなさい。[二]罰当番の井上権太に手伝って、耕作は手早く箒を使っている。床を掃きながら、耕作はかなり不安になっていた。いつ先生が現れるかわからない。手伝っているのを見つけられたら、何と言って叱られるだろう。先生は権太に一人でやれと言ったのだ。机を並べたり黒板を拭いたりして掃除を終わった。二人は急いで学校を出た。校庭 を横切る時、職員室に先生たちがたくさんいるのが見えた。耕作は走り出した。走っ て校門を出ると、追いついた権太は、「耕ちゃん、どうして走った?」「のろのろ歩いていて、先生に見つかったら、手伝ったことが分かるだろう?」「うん」二人は急ぎ足で歩いて行く。「分かったら叱られるからな」権太は黙っていた。二人の下駄の音が、仲良く響く。歩調が合っている。「耕ちゃん、お前そんなに叱られるのいやか」「そりゃあいやださ。権ちゃんは平気か、毎日叱られて」「平気っていうことはないけどさ。だけどねぇ、家の父ちゃんは、叱られるからす るとか、叱られないからしないというのは、ダメだって、いつも言うからねえ」「……ふうん。だって、誰でもみんな、叱られるからしたり、しなかったりするん じゃないのか」耕作には権太の言うことが、よく分からない。「あんなあ耕ちゃん。父ちゃんが言ってるよ。叱られても、叱られなくても、やら なきゃならんことはやるもんだって」「叱られても、叱られなくても……うん、そうか、分かった」権太の言葉を納得したとたん、耕作はがんと頬を殴られた思いがした。耕作は小さ い時から、いつも人に褒められてきた。「耕作は利口もんだ」「耕ちゃんを見れ、行儀 がいいこと」いつもそう言われ続けてきた。字も絵も朗読も作文も、褒められた。い つの間にか耕作の心の中には、より褒められたい思いが渦巻くようになった。褒めら れたいと思うことは、また叱られまいとすることでもあり、誰にも指をさされまいと することでもあった。叱られるということは、いつも褒められている耕作には、耐え 難い恥ずかしさであった。それが今、権太に言われて、はじめて自分のどこかが間違っていることに気がついたのだった。「したら権ちゃん、先生に叱られても、平気なんだね」「そうじゃない。泣いたことだってあるけどさ。だけど先生に叱られるからと言っ て、病気の母ちゃんの手伝いをしないで学校に走って来たりはしないよ」権太は学校に遅れるより、病気の母親を労わらないほうが、悪いことだとはっきり 確信しているのだ。「そうだなあ、権ちゃん。権ちゃんの言うとおりだなあ」耕作は素直に言った。(叱られても、いいことはするもんなんだ。)そう思うと、耕作は改めて「叱られたっていい」と言った。
作文题1
作文题1
作文题1
作文题1
单选题次の文章を読んで、1~ 20 の問いに答えなさい。答えは選択肢 [A][B][C][D]からもっとも適切なものを1つ選びなさい。「中学生らしく」とか、「高校生らしく」とか、よく言う。ぼくは、この言葉(1)嫌いだ。そんなことを言っていると、男は男らしく、 女は女らしくなって、はては日本人は日本人らしく、なんてことを言い出すのじゃな いかと思う。ナントカらしさというのは、(2)人それぞれに思い入れがありながら、なに かのタイプを(3)、人間をその型に嵌め込もうとするところがある。それが、 どうしてナントカらしいのか、といわれたら困るだろう。ぼくだって、大学教授らし くしろなんて言われたら、どうしていいか、わからない。もっとも、「中学生らしくないように」とか「高校生らしくないように」とか、そ うふるまおうとするのも、同じくらいあほらしい。型から抜けようとして、別の型に はまりかねない。(4)、自分らしくあるのが、最上だろう。なにをするにしても、ああ、あの人 らしいことをするといわれ、あの人らしい考え方だと思われるのがよい。(5)、 なにかの型なんか必要ない。もっとも、人間がそうなるのは、一生かかるとも言える。ほかの誰でもない、自分 の生き方を作っ(6)ことが、その人の一生のようなものだ。それでも、若者は若者なりに、「若者らしく」ある以前に、その人らしさがあって よいと思う。「中学生」であったり、「高校生」であったりする以前に、(7) 人間であり、それも、ほかの誰でもない、自分という人間なのだから。ナントカらしさなどと言わずに、たとえば、やさしさを(8)ことはできる。 それは「女らしさ」から来たりはしない。きみが男の子なら男の子なりに、そして、 女の子なら女の子なりに、やさしさを持てばよい。その場合に、男ならこんな具合に、 女ならあんな具合にと、(9)わけではない。それぞれに、自分にあったやさし さなり、自分としての魅力なりを持てばよいのだ。ところが、世間というものは、中学生が「中学生らしい」型にあると、安心するようなところがある。もっとも、その「中学生らしさ」というのは、(10)勝手に 動くもので、何が「中学生らしさ」のかと聞かれたら、誰だって困るだろう。ただし、 その曖昧なのが管理する側から便利なところが、もっとも困ることである。さらに、この「らしさ」というのが、どうも受け入れられてしまうのだ。先日テレ ビで、制服は必要かどうかという討論を見ていたら、なんと制服(11)反対する 人までが、「中学生らしく」ありさえすれば、制服でなくてもよい、と主張していた。ぼくは「中学生」であるとか、「高校生」であるとかいうのは、その人の人間性 (12)、副次的なことと思う。学生とか、教師とか、サラリーマンとかその人が 社会的に存在している身分で、あり方を決めようとしすぎると思うのだ。江戸時代な ら、武士は武士らしく、町人は町人らしくしてないと、ひどい目にあったものだが、 今はそんな時代ではないはずだ。(1)~(12)に入れるのにもっとも適切なものはどれか
单选题次の文章を読んで、 1〜20 の問いに答えなさ い。 答えは選択肢 A. B. C. D. から 最も 適切なも のを 1 つ選びなさ い。私たち人間は、 誰ひと り と し て幸福になり たい、 幸福であり たい、 と いう 願いをいだかない人はないであろう 。 おれは幸福(A1) ほし く ないと いう 人は、 すでに生き るこ と を投げてし ま っ ている場合が多いのである。 (A2) 人間が幸福になると いう こ と は、 どう いう こ と なのであろう か。病気で(A3) 人にと っ ては、 一日も 早く 健康になるこ と が、 幸福になるこ とかも し れない。 家がなく て困っ ている人にと っ ては、 早く 自分の住宅ができるこ と が、 幸福なのかも し れない。 幸福と は、 そう し た具体的な生活の問題に結びついている事柄なのであっ て、 そう いう こ と を外にし て、 (A4) 立派な幸福論が書かれても 、 それはま っ たく 抽象的な理論と いう こ と になるかもし れない。し かし 、 幸福と いう こ と (A5) 、 ひと り ひと り の生活の、 相対的な事柄でさえないのだと し たら 、 「幸福への道」 と いう よ う な文章を書く こ と 自体が、ま っ たく 無意味になっ てし ま うであろう 。 私が幸福だと 思っ ているこ と が、(A6) 他人にと っ てはそれほど切実な幸福を意味し ないかも し れないから である。し かし ま た私は、 幸福と いう も のを、 そう いう ふう に私たち(A7) が、 ばらばら に追求するこ と のなかにこ そ、 実は、 私たちの不幸があるのではないかと 考える。 例えば、 病気と いう 一つの事柄について考えてみても 、 実際私たちは、 病気になっ たら 、 生活が真っ 暗になっ てし ま う 。 だから 、 いつも 病気になっ たと き の不幸を気にし ながら、 毎日を不安の中(A8) 過ごさ れなければなら ない。 自分以外には、 自分を保証し て(A9) も のがないから である。そこ に私は問題があるのだと 思う 。私たちは、 自分の幸福や不幸を、 自分だけで考えたり 、 求めたり するのでなく 、 互いに他者が生き る(A10) に責任を持ち合う よ う な生活体をつく り 出し てゆく のでなければなら ないと 思う 。 私はそれを幸福の社会的条件と し て考えるのである。 人間の幸福を、 社会的連帯のなかで考え求めてゆく こ と である。 それは決し て空想でも なければ夢想でも ないn具体的に言う なら 、 社会保障の実現と 確立と いう こ と である。 すでに私たちの国でも、 国民年金の形で、 老人や生活力を失っ た母親の保障がなさ れると こ ろ(A11) たどり 着いたのであるから 、 私たちは、 それをさ ら に強力に推し 進め、 少なく と も 、学校を卒業し て働く 場所のないよ う な不幸や、 病気になっ たらたちま ち困ってし ま う よ う な不幸を、 社会連帯のなかで解決し てゆく よ う な実践をし てゆかなければなら ない。【A1】 ~【A11】 に入れるのにも っ と も 適切なも のはどれか。
完形填空次の文章を読んで、1~20 の問いに答えなさい。答えは選択肢 [A][B][C][D] から もっとも適切なものを1つ選びなさい。突然、警察官(1)「話を聞かせてください」と呼び止められたらどうするべ きか。裁判官や弁護士として、多くの刑事事件にかかわった経験からいうと、任意同 行は断ったほうが身のためだ。任意同行とは、警察などが捜査上必要な場合、被疑者 に警察署等へ任意に同行し(2)ことである。警察官は警察官職務執行法第2条(3)、停止させての質問や警察署などへの 同行を求めることができる。しかし同条3項(4)、本人の意に反して連行でき ない旨が定められている。つまり法的には逮捕されない限り、任意同行を拒否しても 問題はないのだ。特に任意同行(5)警察署に入った場合は、実質的に身柄を拘束されて、自由 を失う危険がある。裁判官時代、任意同行で警察署に連れてこられた人が、尿検査の 結果、覚醒剤(兴奋剂)の反応が出る起訴された事件があった。警察官は任意だと主張し たが、数時間にわたり取り調べを受け、トイレにも行かせてもらえず、逮捕と同じ扱 いを受けてしまう。任意と言いながら強制的に捜査をするのは違法であり、私は違法 収集証拠だとして尿検査の鑑定書の証拠申請に許可を出さなかった。しかし、これは 稀な(6)だ。裁判官の多くは警察の主張を信用し、証拠申請を認めてしまう。事件とはまったく無関係の人が、任意である(7)違法な取り調べを受け、自 白を強要されて冤罪事件へ発展する場合もある。警察署の中に一度入れば、あとは密 室。違法な取り調べがあっても、それを後で証明するのは難しい。逆に実質的に任意だったのに後から逮捕が「つくられる」こともある。痴漢事件で は、ホームで女性に呼び止められ、警察官に同行して警察署に行くと、そのまま拘留 されることが多い。拘留の前には逮捕行為が必要で、任意ならいつでも帰られる。と ころが、捜査機関は拘留の(8)、書類上「女性が現行犯逮捕して警察官に身柄 を引き渡した」ことにする。実際は逮捕行為がなかったのに、いつのまにか逮捕され たことになっているのだ。このように、警察は「任意」を拡大解釈して、(9)強制力があるかのように装い、より違法性の高い捜査を行う場合がある。違法捜査から身を守るには、明確に 逮捕されたのではない限り、任意同行は拒否したほうがいい。搜査協力するにしても、 警察署には行かず、こちらで場所と時間を指定して話すべきだ。自宅に押し掛けられ ても入れてはいけない。別件逮捕の口実を与える(10)、何もいいことはない。任意で行われる職務質問も同様。下手に応じてカバンの中を見せると、「ペンライ トは窃盗の道具に転用できる」「登山用ナイフは銃刀法違反」などと、犯罪に無理に 理屈づけて余計なトラブルを背負い込まされる。肩がぶつかっただけでも逮捕されか ねない。押し問答はやめて、「任意ならお断りします」と簡潔に告げて立ち去ったほ うがいい。(1)~(10)に入れるのにもっとも適切なものはどれか。
完形填空次の文章を読んで、1~ 20 の問いに答えなさい。答えは選択肢 [A][B][C][D] からもっとも適切なものを1つ選びなさい。松の樹に囲まれた家の中に住んでいても松の樹の根が地中でどうなっているかはあ まり考えてみたことがなかった。美しい赤褐色の幹や、わりに色の浅い清らかな緑の 葉が、永いなじみである松の樹の全体であるような(1)。雨が降ると幹の色は しっとりと落ちついた潤いのある鮮やかさを(2)。緑の葉は涙に濡れたような 可愛らしい色艶を(3)。雨のあとで太陽が輝き出すと、早朝のような爽やかな 気分が、樹の色や光の内に漂うて、いかにも朗らかな生の喜びがそこに躍っているよ うに感じられる。時々かわいい小鳥の群れが(4)声で囀り交わして、緑の葉の 間を楽しそうに往き来する。――それ(5)私の親しい松の樹であった。ところが、ある時、私は松の樹の生い育った小高い砂山を崩している所(6) 足を止めて、砂のなかに深く入り込んだ複雑な根を見まもることができた。地上と地 下の姿が何とひどく相違している(7)であろう。一本の幹と、簡素に並んだ枝 と、楽しそうに葉先をそろえた針葉と、――それに比べて地下の根は、戦い、もがき、 苦しみ、精いっぱいの努力を(8)ように、枝から枝と分かれて、乱れた女の髪 のごとく、地上の枝幹の総量よりも多いと思われる太い根細い根の無数をもって、一 斉に大地に抱きついている。私はこのような根が地下にあることを知ってはいた。しかしそれを目の前にまざま ざと見たときには、思わず驚異の情に打たれぬわけにはいかなかった。私は永いなじ みの間に、このような地下の苦しみが不断に彼らにあることを、一度も自分の心臓で 感じたことがなかったのである。彼の苦しみの声を聞いたのは、時折に吹く烈風の際 であった。彼の苦しそうな顔を見たのは、湿りのない炎熱の日が一月以上も続いた後 であった。しかしその叫び声やしおれた顔も、その機会さえ過ぎれば、すぐに元の快 活に帰って苦しみの痕を(9)あとへ残さない。しかも彼らは、我々の眼に秘め られた地下の営みを、一日も怠ったことがないのであった。あの美しい幹も葉も、五 月の風に吹かれて飛ぶ緑の花粉も、実はこのような苦労の上に(10)可能なので あった。この時以来私は松の樹だけではなく、(11)植物に心から親しみを感ずるよう になった。彼らは我々(12)生きているのである。それは誰でも知っていること だが、私には新 しい事実としか思えなかった。(1)~(12)に入れるのにもっとも適切なものはどれか。
翻译题次の文章の下線のついた部分を中国語に訳しなさい。誰でも心配するのは、自分にパソコンの適性があるかないかということである。こ れほど愚問と思える質問もないが、だが初めは誰でも心配になるものだ。【B1】.およそ文科系とか理科系という分け方もかなりの部分は思い込みによるものが あるのではないかと思うことが多い。自分は文学志望であるとか、自分は音楽志望 であるとか、自分は技術者志望であるとか、学生は誇らしげに言うのをよく聞く。 【B2】. 社会人に対しては礼儀を欠くからできないけれど、学生になぜそう思うのかと尋 ねてみることがある。するとたいがいは、第三者にとっては理由ともいえない理由で あることが多い。曰く、小学生のころ作文が上手だと先生に褒められた。曰く、中学生のころ、ブラ スバンド(管乐队)でリーダーだった。曰く、小さいころ、ラジオを作って親と先生に褒 められ、あなたは技術者向きといわれた。【B3】. そんな些細なことが人の一生を左右す るのかと、唖然とするくらいである。作文だって、ブラスバンドだって、ラジオだっ て親や周囲の先生が陰ながら援助したに決まっているのである。しかし、恐ろしいの は、そうして醸成された錯覚が本物となっていくことである。パソコンに適性があるかないかにいたっては、愚問に過ぎて悲しくなってしまう。 自分はパソコンが得意だとか、パソコンが上手だと周囲の人が褒めてくれることは大切である。なんとなくそういう気持ちになってしまう。【B4】. そうしていつの間にか自 分はパソコンのために生まれ、パソコンともに生き、パソコンとともに死ぬのだとい う人種を作り上げていくのである。どう考えても、適性というものなどありえない。ただし好き嫌いはあるだろう。好みの問題は神様だって手のつけられない問題であ る。【B5】. しかし、この好き嫌いというやつもよく見ていると、頭が硬化してきて新し いものに対する旺盛な知識欲が弱まったり、ある程度世の中で成功していて、確立し た自分の生活に変化の起きることを好まないということに起因する場合かあるようで ある。
翻译题次の文章の下線のついた部分を中国語に訳しなさい。今、環境問題が急にクローズアップされてきた。【B1】友人が今から30年ほど前に、「今に東京はゴミで埋まってしまうから、皆で気 をつけるべきだ」とか「このままでいくと地球の緑はなくなってしまい、人間はもち ろん、地球上には生命体が棲めなくなる」と言っていたときは、「何て大げさなやつ だ」と私は思っていた。それが公害問題で一気に脚光を浴び、少し私も注目すること になった。【B2】その後、石油資源が涸れる心配が出、そして自動車の排気ガスで大気が侵され たりして、温暖化へとひたすら人間が住むに適さない地球の状況が出てきた。その友 人は一貫してこの問題をやってきたので、かなり有名になっている。私は古代を專門 としているせいか、そうした人たちに比べると実感は薄いと反省している。【B3】どうして国連が乗り出すほど地球規模で環境問題が語られるようになったのだ ろうか。もちろんこのままで行くと、近い将来地球上に人は住めなくなる危機感から であろうか、どうもよく見ていると、それを予感して、叫んでいるのは発展途上国で はなく、先進国が中心になっているように見える。これは先進国のエゴだと発展途上 国の人たちは思っているのではないだろうか。自分たちもういいとこまで開発したか ら、この辺でやめようといっているので、私たちはこれからなのにずるいと思ってい るのではないだろうか。【B4】もちろんこの世の中、何でもかんでも平等、公平である必要はないだろうが、 ここのところを原点に考えていかないと、いくら国連規模で考えたって、宣言したっ て何の効果もないに違いない。【B5】あるところで環境問題を考えるシンポジウムがあった。私までも呼ばれて出席したのだが、そこでNGOのほうが「環境問題はみなさん一人一人の問題です。生活の 中でできることからやっていきましょう」と発言された。まったくそのとおりであろ うと思うが、そのシンポジウムが開かれた都市の人口は40万人いるのに、その会場へ 集まった人は500人しかなかった。もちろん運動というのはそういった末端からやっ ていくものなのだが、その会場へ來た人はきっと、すでにそういった問題意識を持っ て実行しているからそこへやってきたのだろうと思う。
翻译题【B1】.都市の近代化にし たがっ て、 北京の古い建築様式•四合院が、 だんだんと姿を消し ていま す。 明、 清の時代に誕生し 、 当時は、 庶民たちの住ま いと して広く 一般的に見ら れた四合院は、 いま 、 都心の一部地区でし か見ら れないよ う になっ ていま す。 ま たわずかに保存さ れた四合院も 風化によ っ て、 ま た住民の不注意によ っ て壊れるこ と も あり 、 昔のま ま 残っ ているも のは、 数少なく なっ ていま す。故宫が皇帝のも のだと すれば、 四合院は庶民の住宅です。 かつて、 故宮と 並んで北京の建築物の代表格と なっ ていた四合院に、 様々 な「飾り 」 があること はご存知でし ょ う か。ま ず、 【B2】. 四合院の入り 口に、 「門坎」 と 呼ばれる敷居(门槛) のよ う なも のがあり ま す。 日本では、 木製のも のが多いよ う ですが、 北京の四合院は木だけでなく 、 石製のも のも あり ま す。 ま た、 昔は馬車が主な乗り 物でし たから 、 その出入り に便利なよ う に、 一部の四合院には、 「門坎」 を門に固定せず、 移動可能なも のにし ていると こ ろも あり ま す。そし て、 【B3】. 人々 の考えでは、 こ の「門坎」 は内と 外を区切る境界線と いう だけでなく 、 妖怪などを寄せ付けないための“縁起物(吉祥物) ” にも なっ ていま す。 ですから 、 門を出る時、 「門坎丨 を踏んではいけま せん。 ま たいで越えるのです。 こ れも 日本と 同じ です。 ま た、 お客さ んを送ると き の礼儀とし て、 お客さ んを「門坎」 の外ま で見送り ま す。次、 おなじ みの「門ト ン(门墩) 」 です。 こ れは門扉の回転軸を支える土台で、 大理石で作っ たも のが多いです。 形は、 その多く が獅子、 虎、 太鼓、 箱などに彫刻さ れていま す。【B4】. 昔、 獅子や虎は「野獣の王」 と さ れ、 昔の人は、 それら の動物で家を守るこ と を考え、 「門ト ン」 を獅子や虎の形に作っ たそう です。 ま た、 太鼓や箱の形をし たも のも あり 、 その上に家紋のよ う なも のが刻ま れていま す。 こ れは四合院の主人の社会的地位を表すも ので、 縁起のいいも のと さ れてき ま した。門をく ぐっ て見えるのは、 庭の風景ではなく 、 目隠し の塀・ 「影壁」 です。いろいろな塑像がはめ込ま れた塀は、 魔よ けのほか、 庭の中を直接見ら れるのを避けるため、 置かれたも のですが、 今では、 鬼ごっ こ など、 子供たちの遊び道具と なっ てし ま いま し た。【B5】. 昔、 四合院を建てる時、 こ れら の飾り 物は欠けてはなら ないも のと さ れていま し た。 一つ一つには、 それぞれの由来があり ま すが、 「吉を祈り 、 福を求める」 と いう 人々 の願いは共通し ていま す。 昔の北京の民俗風習が体現される四合院。 中国の伝統ある文化を理解するには、 四合院を見物し ながら 、その飾り に目を向けてみるのも いいかも し れま せん。
翻译题次の文章の下線のついた部分を中国語に訳しなさい。われわれは土地の上に生活している。住んでいる建物も土地の上にあり、土地の上 を往き来している。もっとも、空を飛び海をわたるときもあるが、ゆきつくところは 土地のある地点である。【B1】農業や林業のような第一次産業はもとよりその他の資本 制企業も、とくに建設業とかいわゆる開発事業などは土地を対象として成り立ってお り、住居を得るためにも土地の存在が前提となる。【B2】このようにわれわれにとって 土地は不可欠の存在で、あたかも空気や水と同じくらい重要であるが、空気や水とは 異なり固定しかつ限定された自然物である。人間の労働の生産物でないにもかかわら ず、莫大な財産的価値をもって取引されている。【B3】土地が取引の対象となるのは土地が私的所有の対象となっているからだ、と説 明されるが、何よりもはかりしれない使用価値を有し、かつ有限だからであろう。使 用価値が全くないとはいえないまでもきわめて低い、沙漠や不毛の地はそのままでは 取引の対象とはならないであろう。日本では、とりわけ土地所有に対する執着が強く、土地所有権が強力な権利となり、 その価格 ( 地価 ) も高い。その理由は、人口に比して土地面積がせまいこともさりな がら、土地が肥沃で、しかも水田農耕民族社会であるからであろう。遊牧民においては土地の個人所有欲ははじめからなく、草を求める牧畜民族もそれ ほど土地所有に執着はない。しかし、日本人にとっては土地は自然物そのものではな い。第一、宅地は整地という労働が加わっているし、水田は苦心して肥培管理し、畑 は開墾し、また山林原野といえども下草刈り、雑草とりをしてきた土地で、いずれも 先祖代々培ってきた土地なのてある。しかもこの下草刈りとか雑草とりなどをしなけ ればならないということが重要なのである。「雑草も生えぬ」ところではこのような ことはなく、雑木や雑草が生い茂るのはそれだけ地味が肥沃だからである。又それだ からこそ良い水が得られるのである。このように日本人にとって日本の土地は貴重な財産であり資源である。【B4】「美し い自然」というが、それを提供してくれるのは土地である。われわれはこの資源をで きるかぎり有効に、かつ美しさをそなえたまま利用しなければならない。それにもか かわらず、列島開発に名をかりた開発事業という名の土地破壊がいかに進んでいることか。もともと雑木林は雨水を地下に浸透させ、水田は一定量の保水をすることに よって、水害を調整するとともに地下水を貯留させていた。【B5】その雑木林がゴルフ 場になり水田が無計画に宅地になると、水害が生じやすくなるとともに地下水が貯留 されなくなってくる。そのような結果をもたらす濫開発が今日なお行なわれており、 われわれはここで真剣に考えなければならない。
